2月19日の日記

2014年2月19日
誰かに腹を立てるとして、冷静に考えれば相手は悪くないのに、そのときはどうにも腹が立って仕方なかった、というのは誰にでもあることかもしれない。私の場合、冷静になれないけど相手が悪くないことだけはすぐに分かることが多い。というより、相手が悪くないのに腹の立つことばかりだ。1度頭に血がのぼると、怒りが抑えきれない。感情が抑制できない。腹の立つきっかけはいつもほんとに些細なことで、そしてその理不尽な怒りの矛先は家族限定なのである。
結局、人間性の問題なのかなと思う。人というものを簡単に「いい人」と「アホ」と「カス」に分けるとする。人に嫌な思いをさせないことを当然とし、実際それができるのが「いい人」。何も考えずに、人に嫌な思いをさせずにいられる人は「いい人寄りのアホ」。何も考えずに、人に嫌な思いをさせてることにも気付かないのが「アホ寄りのカス」。考えてはいて自覚もあるのに平気で他人に嫌な思いをさせるのが「カス」。ちなみに私は、他人に嫌な思いをさせるのが平気ではないがどうにか自分を正当化しようと必死で、でも正当化できず、かと言って結局自分は変えられず人に嫌な思いをさせ続ける…いい人寄りのアホカスとか?

今、旦那の家に向かっているところ。今日は仕事が休みで旦那がいるから、掃除などあまり捗らないと思う。どうせならいつもできないことをしたい。最近私が考えていることをゆっくり聞いてもらいたい。今後また一緒に、娘と3人で暮らしていく上で、どうすれば私がなるべく真っ当な母や妻として機能できるか。

・もし実家に戻らずあのまま3人で暮らしていたら私は娘を虐待していただろう
・万が一2人目を妊娠したら、2人目もろとも死ぬしかないと思っていた(いる)

人間性のカスの話に戻す。世の中カスが多い。恋愛に関して言えば、ぐわし系はつまり全員カスだ。私の男の友人知人はカスの方が圧倒的に多いしカスは生きていてはいけないなんて思ってるわけでもない。私と私の周囲の害にさえならなければ。なるやつはしね。
つまり部分的にカスな人なんて、人間だもの的に誰だってそうだろう。それでもここだけはカスではいけない!ってところが大事で、私はその1番大事な部分がやはりカスだと思う。このカスとか人間性って先天的なものなんだろうか。それとも自分で築き上げた性格や性質?それとも実はやっぱり病気?治ればなくなる?もはやそれはどちらでもいい。
そう、理由はもうどうでもいい。カスならカスでいい。むやみに自分を責めるのもいい加減終わりにする。たまのストレス発散のための罵倒要因として使うだけにする。
ただ、それらのことを、大事な人に、知ってもらいたい。私が傷付けるであろう家族に知ってもらい、なるべくそれを最小限にできるよう協力してほしい。そう、欲しいのは「理解」と「協力」。
では何を理解してもらうかというと、やはり、ここに戻ってくる。摂食障害。

子供ができても、もうすぐ2歳になろうとしていても、私は摂食障害を克服できない。妊娠した時点、生まれた時点、そして今の私くらいの時点、そのどこかで摂食障害をほぼ克服している人も多い。が、私はできない。克服より、自分が楽になることを最優先している。子供と一緒にご飯を食べることの重要性より自分のストレス回避を優先している。だめだと思いつつ変えられない。昼寝中に食べ吐き。夜は偏食過食。1日のスケジュールが狂うと発狂寸前。夜泣きで死にたくなる。

ここまで書いて、私は旦那に、いったい何を伝えたいのか。何を伝えたい?これは全て壮大な言い訳?

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